固定(みなし)残業代がおかしいと感じたら? 未払いの判断と相談先
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神奈川県内の統計によると、令和5年度の相談内容別の労働相談件数(延べ数)は1万9161件でした。そのうち2209件が労働時間に関する相談、1965件が賃金に関する相談となっており、全体の21.8%を占めています。
賃金トラブルのひとつに「固定残業代」があります。固定残業代の制度自体に法律上の問題はありませんが、運用方法によっては違法となるケースがあります。ベリーベスト法律事務所 横須賀オフィスの弁護士が解説します。


1、そもそも固定(みなし)残業代とは?
そもそも固定残業代とは、どのような制度なのでしょうか? 以下では、固定残業代の概要や企業が守るべき導入ルールについて解説します。
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(1)固定(みなし)残業代とは
固定残業代(みなし残業代)とは、企業が月給に一定額の残業代をあらかじめ含めて支払う制度です。
たとえば、「月30時間分の固定残業代5万円」である場合、実際の残業時間が30時間未満であっても規定額の5万円が支払われます。
残業時間にかかわらず毎月定額が支払われることで、残業時間の削減や給与計算の負担軽減につながるメリットがあります。
固定残業代の制度自体は、労使間の合意が法的に有効であり、適切に運用されていれば違法にはなりません。ただし、固定残業代が法的に認められるためには、守らなければならない厳格なルールがあります。 -
(2)固定残業代の合意の有効要件
まず、使用者が固定残業代を支払おうとする場合、「通常の労働時間の賃金」に当たる部分と「割増賃金に当たる部分」が明確に区分できている必要があります(明確区分性)。
また、割増賃金の支払と認められるためには、当該支払が時間外労働に対する対価としての性質を有することが必要です(対価性)。
当該支払が時間外労働の対価といえるか否かについては、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該支払や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断されます。
上記の区別をすることができない場合や対価性を有しない場合、時間外労働の対価としての合意部分は無効となり、固定残業として支払われた金員は残業代には当たらないことになります。さらに、その部分の賃金は通常の労働に対する賃金として割増賃金計算の基礎賃金に含まれることにもなります。 -
(3)企業側の正しい導入方法
企業が固定残業代を正しく導入するためには、以下の要件を満たす必要があります。
固定残業代を導入するための要件
- 36協定を締結する
- 基本給と固定残業代を明確に区別する
- 固定残業代の時間と金額を適正に設定する
- 就業規則などによって固定残業代についての適切な規定を設け、従業員に周知する
- 固定時間を超える残業には追加で残業代を支払う
まず、固定残業代を導入する際には、会社は従業員にその内容をしっかりと説明し、理解を得ることが大前提です。
労働契約書や就業規則等によって固定残業代に関する適切な規定が設けられている必要もあります。
また、従業員に時間外労働をさせる場合には、「36協定(さぶろくきょうてい)」を結び労働基準監督署に届け出る必要があります。36協定とは、法定労働時間を超えて労働させる際に、会社と労働者の間で交わす労使協定です。
36協定で定められた時間外労働の上限は月45時間となるため、固定残業代の上限も原則として月45時間以内となります。ただし、特別な事情がある場合には、特別条項を付帯することで月45時間を超える固定残業代の導入も可能です。
2、【4つのチェックポイント】無効・違法な固定(みなし)残業代とは?
固定残業代制度に対して「おかしい」と感じる、よくある4つのポイントを紹介します。
以下のようなケースでは、無効・違法となる可能性があるため注意が必要です。
(1)固定(みなし)残業代と基本給が混ざっている
(2)当該定額手当が時間外労働の対価ではない
(3)みなし時間に届かないため「残業代は支払わない」とされた
(4)残業が多すぎるのに固定分しか払われない
具体的に解説していきます。
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(1)固定(みなし)残業代と基本給が混ざっている
固定残業代が基本給と混ざっていて、該当する時間と金額が明記されていない場合は、上記明確区分性に反し、無効の可能性があります。
たとえば、給与明細に総支給額しか書かれておらず、固定残業代と基本給の内訳が不明な状態などです。固定残業代を導入している企業は、時間と金額の内訳を明確にしなければなりません。
確認する際は、就業規則・雇用契約書などに固定残業代がいくらで、それは何時間分の残業代に相当するのかについての記載があるかをチェックしましょう。 -
(2)当該定額手当が時間外労働の対価ではない
当該定額手当が時間外労働の対価といえない場合は、上記対価性に反し、無効となる可能性があります。
たとえば、割増賃金支払とは無関係な管理職手当、職責に対する対価としての職責手当、仕事の成果に対する歩合給などは、当該定額手当が時間外労働の対価としての性格ではないため、割増賃金の支払とは認められません。
その場合、通常の労働に対する賃金として割増賃金計算の基礎賃金に含まれることになります。 -
(3)みなし時間に届かないため「残業代は支払わない」とされた
残業時間がみなし時間に届かなかったときに、固定残業代が支払われない場合は違法となる可能性があります。
固定残業代は、実際の残業時間にかかわらず支払われなければなりません。たとえば、固定残業代が「月30時間分」とされている場合、実残業時間が20時間であっても企業は全額を支払う必要があります。
固定残業代の未払いが疑われる場合に確認すべきなのは、就業規則もしくは雇用契約書と給与明細書です。固定残業代の時間・金額のとおりに残業手当が支給されているかどうかをチェックしましょう。 -
(4)残業が多すぎるのに固定分しか払われない
固定残業代でカバーされている残業時間を明らかに超えているにもかかわらず、固定分しか支払われていない場合は違法です。
たとえば、固定残業代が月30時間分で、月40時間近く残業しているのに固定残業代分しか支払われないといったケースが該当します。固定残業代は無制限の残業代ではないため、超過分の残業代は追加で支払われなければなりません。
このような場合は、固定残業代の規定と勤怠記録・給与明細を照らし合わせましょう。未払いの残業代があれば、企業に対して請求が可能です。
お問い合わせください。
3、未払い残業代の労働時間を確認する手順と計算方法
未払いの残業代が発生しているかどうかは、実際に働いた時間と固定残業代の範囲を照らし合わせることで確認できます。
以下では、未払い残業代の確認手順と計算方法について見ていきましょう。
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(1)残業代の未払いがあるかどうかを確認する手順
残業代の未払いがあるかどうかは、実際に残業した時間を確認することで判断できます。
以下のような勤怠記録をもとに、労働時間をチェックしましょう。- タイムカード
- 勤怠管理システムのログ
- 業務日報や報告書
- 社内システムの打刻記録・ログイン履歴
- メールの送受信時間・チャットの利用履歴
実際に残業した時間が固定残業代の時間を超えていれば、追加の残業代を請求できます。
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(2)未払い残業代の計算方法
未払い残業代の基本的な計算方法は、以下のとおりです。
未払い残業代の基本的な計算の手順
① 1時間あたりの基礎賃金を計算する
② 残業代を含めた1時間あたりの賃金を計算する
③ 固定残業代との差額を確認する
まずは1か月の基本給を所定労働時間で割り、1時間あたりの基礎賃金を算出します。
1時間あたりの基礎賃金に残業代の割増率をかけることで、残業1時間分の賃金が算出できます。残業代の割増率は基本的に25%(1.25倍)となりますが、企業によって異なる可能性もあるため就業規則などで確認しましょう。
最後に実際に残業した時間とみなし残業時間を比較し、支払われていない残業代がいくらになるかを計算します。
未払いの対象期間が長期にわたる場合や、計算が複雑な場合は、弁護士への相談も検討しましょう。
4、固定(みなし)残業代の支払いがあっても、残業代請求する方法
固定残業代が支払われていたとしても、みなし時間を超えた残業分に対して支払いがなければ、追加の残業代を請求できます。
未払い残業代を請求できる時効は原則として3年であるため、早めの対応を心がけましょう。以下では、具体的な対応方法について順に解説していきます。
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(1)まずは社内で確認・相談する
未払いの残業代を請求する際は、まず就業規則や雇用契約書を確認し、社内の担当者に事実確認を行いましょう。
就業規則や雇用契約書には、固定残業代の金額や時間数・適用条件などが明記されているはずです。給与明細や勤怠記録をもとに固定残業代の時間と実際の残業時間を比較し、未払いの残業代が発生しているかどうかを確認します。
未払い残業代が発生していることがわかったら、上司や人事担当者に相談します。意図しない誤解や処理ミスによって未払いが発生していたケースであれば、速やかに修正されるでしょう。 -
(2)内容証明郵便で請求する
社内での対応が不十分な場合には、「内容証明郵便」で請求を行いましょう。
内容証明郵便とは、いつ誰が誰にどのような内容の文書を送ったのかを郵便局が証明してくれる郵便制度です。未払い残業代を請求する根拠やその金額・支払い期日などを記載して送付すれば、企業に対する正式な請求となります。
口頭での請求と異なり、相手方が「受け取っていない」などの主張をすることを予防できるメリットがあります。 -
(3)労働審判を申し立てる
会社が支払いを拒否した場合や、交渉が平行線のまま進まない場合は、労働審判の申し立てを検討しましょう。
労働審判とは、労働者と事業主間の労働関係のトラブルを迅速かつ適正に解決するための法的手続きです。通常3回以内の期日で審理が終了するため、通常の裁判よりも早期の解決が見込めます。
ただし、労働審判を申し立てる際は、主張を裏付ける証拠が不可欠です。勤怠記録や給与明細・契約書類など、証拠となる資料をそろえてから手続きを進める必要があります。 -
(4)労働基準監督署や弁護士に相談する
未払い残業代の問題を適切に解決するためには、労働基準監督署や弁護士への相談も有効です。
労働基準監督署は、労働法に基づいて企業を調査・指導する公的機関です。悪質とみなされた場合は事実関係が調査され、必要に応じて是正勧告が行われます。
対して弁護士は、依頼者の権利や利益を守り、法律相談や紛争解決を行う国家資格です。労働問題に精通した弁護士に相談することで、証拠集めや書類作成・交渉・法的手続きまで一貫したサポートを受けられます。
労働基準監督署が行う是正勧告に強制力はないため、より確実に請求したい場合には弁護士への相談をおすすめします。
5、まとめ
固定残業代制度は、適切に運用されていなければ違法となる可能性があります。
とくに、みなし時間を超えた残業に対する支払いがない、固定残業代と基本給が混同されているなどのケースでは注意が必要です。
「おかしい」と感じたら、早めに雇用契約書や給与明細を確認し、証拠となる記録を集めましょう。残業代の請求には原則3年の時効があるため、疑問を感じたら迅速に行動することが大切です。
状況に応じて弁護士に相談することで、未払い残業代を適切に請求できます。固定残業代の扱いや未払いの判断で悩んだら、ぜひ一度ベリーベスト法律事務所 横須賀オフィスの弁護士にご相談ください。
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