定年後再雇用時の給与減額は許されるのか。企業が検討すべき事項
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神奈川労働局が公表している「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果によると、65歳までの高年齢者雇用確保措置を実施済みの企業は、1万1009社でした。高年齢者雇用確保措置には「定年制の廃止」「定年の引き上げ」「継続雇用制度の導入」の三種類がありますが、このうち継続雇用制度を導入している企業は7606社であり、全体の約70%にも及んでいます。
高年齢者雇用安定法により、企業には、従業員の希望があれば定年後も65歳まで雇用を継続することが義務付けられています。高年齢者の労働者は知識や経験なども豊富であるため、貴重な労働力として期待している企業も多いでしょう。しかし、定年後再雇用する際には、再雇用労働者の待遇についても検討が必要になります。たとえば、定年後再雇用時に給与減額することは可能なのでしょうか。
今回は、定年後再雇用の基本的ルールと給与減額の可否などについて、ベリーベスト法律事務所 横須賀オフィスの弁護士が解説します。
1、定年後再雇用時の基本的なルールとは
まず、高年齢者雇用安定法による雇用確保措置の内容や、定年後再雇用時の基本的なルールについて解説します。
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(1)高年齢者雇用安定法による三つの雇用確保措置
高年齢者雇用安定法により、企業には、以下のような雇用確保措置を講じることが義務付けられています。
いずれの措置も講じていない場合には罰則の対象になるため、注意が必要です。- 定年制の廃止
- 定年の引き上げ
- 継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度など)の導入
定年後再雇用制度は、上記の「継続雇用制度」として認められている制度です。
対象となる労働者は、定年を迎えた時点でいったん退職扱いになりますが、会社は、定年後再雇用制度により、再雇用を希望する労働者を再び雇い入れることになります。 -
(2)定年後再雇用時の基本的なルール
定年後再雇用時には、以下のような基本的なルールがあります。
給与については第2章で説明しますので、ここでは、それ以外のルールを説明します。① 雇用形態
定年後再雇用制度における雇用形態について、労働者は一度退職することになりますので、再雇用時に正社員以外の形態で契約することは認められます。
ただし、業務内容については、定年前と異なる職種に就かせることは認められません。
② 契約更新期間
定年後再雇用制度では、1年ごとに契約を更新する嘱託社員の雇用形態を採用するケースが一般的です。
再雇用であっても通算して5年を超えて契約更新がなされる場合には、本人からの申し込みにより「無期転換ルール」が適用されることに注意してください。
③ 各種手当
正社員に支給されている各種手当について、合理的な理由なく再雇用社員に支給しないことは違法になります。
正社員に住宅手当や家族手当、通勤手当などが支給されている場合には、基本的には再雇用社員にも支給する必要があります。
④ 有給休暇
定年後再雇用制度では、労働契約が存続しているものと扱われるため、有給休暇の算定基礎となる勤続年数も再雇用後の契約に引き継がれることになります。
2、給与減額は違法に当たるのか
以下では、定年後再雇用となった労働者の給与を減額できるかどうかについて解説します。
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(1)定年後再雇用者の給与減額は可能
定年後再雇用制度では、再雇用者の賃金は、再雇用時に改めて取り決めることになります。
定年退職を迎えた労働者は、体力の低下などにより定年前と同じ業務内容であっても仕事の効率が下がることが避けられません。
そのため、合理的な理由がある場合には、定年後再雇用者の給与減額をすることも可能です。
一般的には、再雇用後の賃金は、定年退職時の60~70%の賃金に設定されているケースが多いようです。 -
(2)給与減額は無制限にできるわけではない
定年退職後の再雇用で、賃金などの待遇に差が生じること自体は不合理とはいえません。
しかし、正社員と再雇用後の嘱託社員との間に不合理な待遇差を設けることは、パートタイム・有期雇用労働法8条に違反する可能性もあります。
そのため、正社員と嘱託社員との間の業務内容がまったく同じであるにもかかわらず、基本給や賞与、手当などに待遇差を設けると、そのような待遇差が不合理であると判断された場合には、同契約内容が無効と判断されて、嘱託社員から金員の請求を受けるおそれがあることに注意が必要です。
通常、再雇用した嘱託職員の業務量は、定年退職前と比較して減少すると思われ、一定の減額は合理性が認められると思われます。もっとも、再雇用した嘱託社員の生活を保障する必要もあるため、多くのケースでは、定年前賃金の60%以上の水準を確保すべきでしょう。
3、定年後再雇用の給与減額にまつわる裁判例
以下では、定年後再雇用の給与減額の違法性について判断した裁判例(名古屋地裁令和2年10月28日判決)について紹介します。
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(1)事案の概要
Yは、自動車学校の経営などを目的とする会社であり、Xは、Yの自動車教習施設で勤務する教習指導員でした。
Yでは60歳定年制を採用しており、高年齢者雇用安定法による高年齢者雇用確保措置として、継続雇用制度を採用していました。
同制度では、定年退職した社員のうち再雇用を希望する人については嘱託社員として期間1年間の有期雇用契約を締結して、原則として65歳まで再雇用するとしていました。
Xは、60歳になり定年になったことから、Yの継続雇用制度を利用することを希望して、Yとの間で嘱託社員としての有期雇用契約を締結しました。
Xの再雇用後の職務内容は、定年前の内容と変わらないにもかかわらず、基本給や賞与が引き下げられてしまいました。
そこで、Xは、「定年退職後の再雇用で基本給などの賃金を大幅に減額するのは、労働契約法20条に違反する」として、差額の賃金の支払いを求めて、裁判所に訴えを提起したのです。 -
(2)裁判所の判断
裁判所は、定年後再雇用による給与減額について、以下の事情を考慮し定年時の基本給の60%を下回る部分が不合理であり、違法だと判断しました。
- 定年退職の前後で、Xの業務内容と配置変更の範囲に相違がない
- 定年後再雇用により、Xの基本給は、定年時の45%以下に減っている
- 定年後再雇用による基本給の水準は、Yの勤続5年未満の社員の基本給の平均を下回っていた
また、裁判所は、定年後再雇用による賞与減額についても以下の理由から定年時の基本給の60%に掛け率を乗じた額を下回る部分が不合理であり、違法だと判断しました。
- 定年退職の前後で、Xの業務内容と配置変更の範囲に相違がない
- 定年後再雇用による賞与の水準は、定年時の基本給の60%の金額で算定した金額を大きく下回る
なお、二審の高裁判決も一審を支持し、基本給および賞与の減額の違法性を認めました。
しかし、最高裁は、「労働契約法20条が禁止する不合理な待遇格差には、基本給も該当する場合がある」としたうえで、再雇用職員と正職員との労働条件の違い、基本給の性質、支給目的などの検討が不十分であるとして、二審判決を破棄して、審理を高裁に差し戻しています(令和5年7月20日最高裁第一小法廷判決)。
4、企業が顧問弁護士を頼るべき理由
以下では、労務問題などに関して、顧問弁護士と契約を締結したほうがいい理由を解説します。
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(1)どのような問題でも気軽に相談できる
企業が抱える問題には、労働者とのトラブル、取引の相手方との契約問題、取締役会・株主総会に関連するガバナンスの問題、消費者からのクレームなどさまざまなものがあります。
このようなトラブルを回避するためには、何らかの疑問や不安が生じたときにすぐに相談できる弁護士の存在が必要になります。
顧問弁護士と契約を締結していれば、問題の大小を問わず、気軽に相談できるため、トラブルを未然に防止することができます。
また、実際にトラブルが生じたとしても、すぐに顧問弁護士に相談することで、被害を最小限に抑えることができるでしょう。 -
(2)会社のニーズに応じたアドバイスを受けられる
顧問弁護士は、顧問先の会社の状況をよく把握しているため、問題が起こった場合にも、会社のニーズに応じた具体的なアドバイスをすることができます。
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(3)リーガルチェックによりトラブルの予防ができる
定年後再雇用制度を採用している会社では、再雇用後の労働条件を慎重に決定していく必要があります。
正社員と嘱託社員とで業務内容がまったく同じであるにもかかわらず、基本給、賞与、手当などに不合理な差が生じていると、違法と判断されるおそれがあることに注意が必要です。
これら問題について一度争いが生じると、解決まで相当長期の時間がかかることとなり、結果として時間的、経済的に大きな損失を被る可能性があります。
このようなリスクを回避するためには、事前に、顧問弁護士によるリーガルチェックを受けることが大切です。
顧問弁護士によるリーガルチェックで雇用契約の問題点を明らかにすることができれば、労働者とのトラブルを未然に回避しやすくなるでしょう。
5、まとめ
定年後再雇用制度により、嘱託社員として再雇用された労働者の労働条件については、給与を減額するなど、定年時のものよりも低い条件とすることもできます。
しかし、あまりにも不合理な差を設けてしまうと違法と判断される可能性もあるため、顧問弁護士と相談しながら慎重に検討することが大切です。
顧問弁護士の利用をお考えの企業は、まずはベリーベスト法律事務所までご連絡ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています