素因減額とは何か? 損害賠償金が減額する要因を解説
- 慰謝料・損害賠償
- 素因減額
交通事故の被害者に事故前から既往症などがあった場合には、加害者側の保険会社から事故との因果関係を否定されたり、賠償額が減額されたりすることがあります。このような身体的または心因的な要素を理由に賠償額を減額することを「素因減額」といいます。
素因減額に該当する要素があったとしても、どの程度の減額になるかは具体的な事情によって異なるため、被害者としては加害者側の保険会社の言いなりにならずしっかりと争っていくことが大切です。
本コラムでは、交通事故の賠償額の減額要因である素因減額について、ベリーベスト法律事務所 横須賀オフィスの弁護士が解説します。
1、素因減額とは
まず、「素因減額」という仕組みの概要を解説します。
-
(1)素因減額の概要
素因減額とは、交通事故の被害に遭う前から被害者が有していた身体的または精神的な要因が損害の発生または拡大に寄与したといえる場合に、賠償額を減額することをいいます。
交通事故の被害者は、加害者に対して治療費や休業損害、慰謝料や逸失利益などの損害の賠償を請求することができます。
しかし、被害者の側にも損害の発生や拡大の原因があるときにも、すべての損害を加害者に負担させてしまうと、客観的に見て著しく不公平な結果となります。
そのため、損害の公平な分担を実現するという観点から、過失相殺(民法722条2項)の規定を類推適用し、賠償額から一定の割合が減額されます。
このことを、「素因減額」というのです。
素因減額には、身体的な疾患や既往症がある場合に行われる「身体的な素因減額」と性格や精神疾患がある場合に行われる「心因的な素因減額」の二種類が存在します。 -
(2)素因減額の立証責任
基本的に、素因減額の立証責任は、加害者側にあります。
したがって、「まずは加害者側が被害者の身体的または心因的な素因が損害の発生または拡大に寄与している」という主張の立証を行い、それに対して被害者側は「素因には該当しない」ということや「損害の発生や拡大には影響していない」ということを主張して反論していくことになります。
なお、加害者が素因減額を主張する際には、具体的には以下の要素について立証する必要があります。- 被害者の素因が単なる特徴や特性ではなく疾患といえること
- 交通事故と素因が相まって損害が発生、拡大したこと
- 素因減額をしなければ公平に反すること
2、身体的な素因減額
以下では、身体的な素因減額について解説します。
-
(1)身体的な素因とは
身体的な素因とは、被害者に身体的な既往症や持病があること、疾患にあたるような身体的な特徴があることをいいます。
このような身体的な素因があることにより、損害が発生したり、損害の拡大を招いたりしたような場合には、素因減額の対象となるのです。 -
(2)身体的な素因の具体例
以下では、素因減額の対象となる身体的な素因や、逆に減額の対象とならない身体的な素因について、具体例を紹介します。
① 身体的な既往症や持病
身体的な既往症や持病の例としては、以下のようなものが挙げられます。- 事故前から椎間板ヘルニアがあり、通院歴があった
- 事故前から後縦靭帯骨化症の疾患があり、感覚障害や運動障害などの症状が生じていた
- 事故により脳を損傷し後遺症が残ったものの、事故前から認知症の症状があった
② 疾患にあたるような身体的な特徴
人よりも少し首が長く頚椎が不安定な人や肥満気味の人については、事故によって怪我をしやすい身体的特徴を有しているといえます。
しかし、身体的な特徴は人それぞれであるため、平均的な身体的特徴から外れているからといって直ちに素因減額の対象とするのは公平とはいえません。
そのため、身体的な特徴が疾患にあたらない限りは、原則として素因減額の対象とはならないのです。
判例でも、首の長さが一般の人の平均よりも長く頚椎不安定症がある被害者について、素因減額を否定しています(最高裁判所平成8年10月29日)。
3、心因的な素因減額
以下では、心因的な素因減額について解説します。
-
(1)心因的な素因減額とは
心因的な素因とは、被害者に精神疾患があることや、被害者に特異な性格や過剰反応などの心因的な要素があることをいいます。
身体的な素因についてと同様に、心因的な素因により、損害が発生したり損害の拡大を招いたりしたような場合にも、素因減額の対象となるのです。 -
(2)心因的な素因の具体例
交通事故をきっかけにうつ病やPTSDなどを発症することがあります。
そして、これらの精神疾患により通院期間が長期に及んだ場合や自殺に至ったようなケースでは、素因減額の対象になることがあります。
もっとも、身体的な素因と同様に生活やストレス耐性は人それぞれであるため、心因的な素因があったからといって直ちに素因減額されるわけではありません。
そのため、素因減額が行われるのは、当該の損害が交通事故によって通常発生する程度および範囲を超えるものであり、被害者の心因的要因が寄与していると認められる場合に限ります。
たとえば、生命の危機が生じるほどの重い事故であった場合には、PTSDなどを発症するのもやむを得ないといえるでしょう。
逆に、軽微な事故で精神疾患を発生したような場合には、事故そのものではなく被害者の特異な性格が損害の発生に寄与したものとして、素因減額が認められる可能性があるのです。
4、損益相殺や過失相殺との違い
損害賠償を減額する制度としては、素因減額のほかにも「損益相殺」や「過失相殺」などがあります。
以下では、それぞれの制度の概要や、素因減額との違いを解説します。
-
(1)損益相殺
損益相殺とは、交通事故が原因で被害者が何らかの利益を得た場合に、その利益を賠償額から控除する制度をいいます。
簡単にいえば、交通事故の賠償金の二重取りを防止する制度です。
具体的には、被害者が交通事故により以下のような利益を得ている場合には、損益相殺の対象となります。- 自賠責保険金および政府保障事業のてん補金
- 支給が確定した社会保険の給付金
- 所得補償保険金
- 国民健康保険法および健康保険法に基づく給付金
- 人身傷害保険金
- 加害者からの弁済
- (被害者が亡くなった場合)生活費相当額
他方、交通事故をきっかけに支払われるお金であっても、損害の補填(ほてん)を目的としたものでなければ損益相殺の対象にはなりません。たとえば、以下のようなお金については、損益相殺の対象外となります。- 生命保険金
- 搭乗者傷害保険金
- 自損事故保険金
- 傷害保険金
- 労働者災害補償保険法に基づく特別支給金
-
(2)過失相殺
過失相殺とは、交通事故の発生に関して被害者にも過失が認められる場合に、被害者の過失割合に応じて賠償額を減額する制度です。
過失相殺は、素因減額や損益相殺と同様に、損害を公平に分担するという観点から認められています。
過失割合は、事故様態に基づく基本の過失割合をベースにして、個別事情に応じた修正要素を加味して調整していくのが一般的です。
過失割合については加害者側と意見が食い違い、争いになることも多いため、ドライブレコーダーや実況見分調書、防犯カメラの映像などの客観的証拠に基づきながら適切に主張や立証をしていくことが大切です。
素因減額は被害者の身体的または心因的な素因に基づいて賠償額を減額する制度であるのに対して、過失相殺は事故様態によって損害賠償額を減額する制度であるという点が、両者の違いになります。
5、交通事故のお悩みは弁護士に相談を
交通事故の被害者は、加害者に対して、交通事故によって被った損害の賠償を求めることができます。
しかし、一定の事情がある場合には、損害の全額を請求することができず、素因減額や損益相殺、過失相殺などによって賠償額が減額される可能性もあります。
具体的にどの程度の減額が認められるかは個別の事情によって異なります。
少しでも多くの賠償金の支払いを受けるためには、自分に有利となる事情をしっかりと主張立証していくことが大切です。
したがって、専門家である弁護士のサポートを受けることをおすすめします。
弁護士に依頼すれば、加害者側の保険会社との交渉を代行させることができます。
また、裁判になった場合の対応も弁護士に任せられます。
さらに、慰謝料についても、保険会社の提示する金額ではなく、より高額な「裁判所基準(弁護士基準)」に基づいて請求することができるようになるのです。
6、まとめ
素因減額は、被害者側の身体的要因または心因的要因に基づき賠償額を減額する制度です。被害者側に何らかの持病があった場合には、加害者側の保険会社から素因減額を主張されることがありますが、持病があるからといって必ず素因減額が認められるわけでもありません。
加害者側の保険会社からの素因減額の主張に納得がいかない場合には、相手の意見にそのまま従うのではなくしっかりと争うことで、不当な素因減額の主張を却下できる可能性があります。
交通事故の被害に遭ったのに保険会社から素因減額の主張をされてお困りの方は、まずはベリーベスト法律事務所までご連絡ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています
- |<
- 前
- 次
- >|